人たらしの空気感 ~ 百姓上がりに武家が従った理由

こんにちは。百姓あがりと言われた秀吉に、なぜ武士たちがついていったのでしょうか。



たとえば秀吉に協力した大名の中には、小早川氏などがいます。

けして室町時代からの名門というわけではないですが、メンツや格式を重んじる武士たちにとって、やはり百姓の風下に立つことには抵抗もあったのではないか、と思います。

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秀吉は「人たらし」と言われましたが、彼の面白さは自分の弱さをさらけ出すところにあったように思います。

下剋上の時代、武士たちは長く重々しい緊張感の中、駆け引きをしてきたのではないでしょうか。

秀吉はそんな重苦しい空気を変える人物だったということが、武士たちを惹きつけたのではないでしょうか。

メンツや格式で八方塞がりの状況で、軽々と乗り越えていく秀吉は痛快で、それこそがこの人を天下人へと押し上げた原動力だったのではないでしょうか。

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秀吉は金払いもよく、派手好きで有名です。

人の欲を肯定できる人物でした。

戦国の世では、武家の世界での生存欲は、松永久秀や宇喜多直家のような謀略の凄みがありました。

しかし、秀吉の欲にはもっと屈託のない空気がありました。

特に天下人になる以前は。

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秀吉に対する歴史は、その後の徳川政権下で書かれるので、晩年の悪評の程度はよくわかりませんが、天寿を全うできるほどには人望がありました。

織豊時代は花のような一時期ですね。

室町時代と江戸時代の間の変革期で、旧来の武家の価値観が一瞬ご破算になる時代だと思います。