今回ご紹介するのは「この世にたやすい仕事はない」(津村記久子)という小説です。
「今の仕事なんて辞めて人間関係から離れて、工場勤務でずっと化粧液がしたたり落ちるのを検査していたい」とか、「古いタバコ屋さんの店番をぼけっとしていたい」なんて願望はありませんか?
これは実際に友だちがいっていたことで、誰しもそういう思いがよぎることはあるかもしれません。
打ち消すように「いやいや、やっぱりどんな仕事も大変だよね」と思いなおすことも多いけれど、そんな空想の翼をちょっと伸ばしてみたら……
この世にたやすい仕事はない
マニアックな仕事を巡りながら自分の居場所を探す、お仕事小説。それが、「この世にたやすい仕事はない」(津村記久子)です。
すごいなぁと思ったのが、職場が変わるたびにガラっと「空気感」が変わること。
空気感が文章で伝わるんですよね。ぜひ、この感覚を味わってみてほしいです。
殺風景な空気、煩雑にものが散らばる空気、自然に囲まれた静かな空気。
章を進むごとにいろいろな職場の空気を感じることができます。
そんないろいろな空気を感じながら、自分もこれまでのバイトなども含めて、いろいろな職場・人間関係を思い出しました。
さびしくない
ありふれた仕事の中に、突然現れる怪しい団体「さびしくない」の不気味な雰囲気も面白いです。ありがちな「優しい言葉」に覚える違和感。
孤立し疲れた心に差し伸べられる手を、本当に無条件に信じてしまってよいものか?
この話は転職がテーマですが、仕事を辞めると一番に直面するのが、孤立。
人間関係が断たれ、話し相手を失ってしまうことです。
職場の人間関係だけでなく、失業中のうしろめたさから友だちとも会いにくくなるものです。
純粋に固定収入がない不安もあるので、食事に出かけることも減ってしまいます。
そんな暗闇の中で甘いことばで誘い、傷ついた心を食い物にする、それでまわる経済があることにも目を向けさせます。
青い鳥
迷った時ってだいたい自分の原点に戻ります。どこかに青い鳥がいるわけでもないけど、かといって今の仕事が「この世のすべて」でもない。
そんな当たり前だけど、見失いがちなことを教えてくれる本です。
「座標軸」を失ったときに求めるのは「原点」なんですね。